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40周年記念企画
「図書館の思い出」


あなたと図書館の素敵な思い出を募集しています。
応募方法はこちら(お知らせのページ)をご覧ください。
webからでも応募可能
たくさんのご応募、お待ちしています!
 


図書館の思い出紹介
皆さんから寄せられた思い出の一部を少しずつ紹介していきます。

 元図書館員より  図書館の利用者より  図書館ゆかりの人より

 図書館の利用者より   ― 中央図書館のメッセージツリーより紹介 ―
 
7月18日現在のメッセージツリー
 少し増えました。
Vol.10 図書館で勉強できない         ペンネーム 本の虫 様
学生時代、試験前に図書館で勉強をしようとしたのですが、読みたい本がたくさんあり、ついつい本を読んでしまい勉強に集中できませんでした。
結局、勉強は家ですることにし、図書館では好きな本を読むことに、試験前は図書館に行かなかった思い出があります。
〔本の虫様にとって試験前の図書館は、誘惑いっぱいの空間だったのですね。それは、「本好きさんあるある」かもしれませんね。〕
Vol.9 無題         ペンネーム 小説大好きっ子 様
いつも図書館にきていて、だいたい9、10くらいかりていました。おかげで全ぜんよんでなかった本をたくさんよむようになったし、小説のことを知り、大好きになりました。それが思い出です。
〔小説大好きっ子様は、小説と出会って、本を読む楽しさを知ったのですね。素敵な思い出を紹介してくれてありがとうございます。〕
Vol.8 無題         ペンネーム ミステリー小説好き 様
小学校の町たんけんでこの図書館に来て、それでまた来たくなったのを覚えています。私の大好きな本に出会ったのもここです。勉強に役立つ本もあって、ここに来たら何でもあると思いました。家は三人兄弟ということもあって、いつも落ちつけずにいたのですが、ここは静かなのでよく来ています。
〔大好きな本に出会えるって素敵なことだと思います。これからもたくさんの素敵な本に出会えますように。〕
Vol.7 無題         ペンネーム sa-hai 様
前(小一)のときから本がすきなので、ここにきていました。おかげでいっぱい本を読むことができ学校でひょうしょうじょうもとることができました。図書館はすてきなところです。
〔本を読んで過ごした日々が、将来、sa-hai様にとって大きな宝物になってくれたら、私たちはとても嬉しいです。これからも図書館での思い出をたくさん作ってくださいね。〕
Vol.6 無題         ペンネーム 戸田1年生 様
最近こちらの図書館を使わせて頂くようになったのですか、3Fの博物館と併せて、今まであまり知らなかった戸田の魅力を知ることができる資料が充実していて助かっています。まだ「思い出」はあまりありませんが、これから長く利用させて頂く中で、素敵な思い出がたくさんできたらいいなと思っています。
〔戸田1年生様の歩まれるこれからの人生の中に、図書館での素敵な思い出がたくさん刻まれますように、我々も日々、努力してまいります。〕
Vol.5 上戸田分室         ペンネーム 次郎 様
1999年上戸田分室の様子写真九州から引っ越して来て関東に不慣れだった日々、戸田市立図書館上戸田分室に通うのが楽しみでした。
お勧め本が棚に並び、お手製のガイドブックまであるのが嬉しく、おかげで出会えた良書がたくさんあります。
十二国記シリーズもここで教えて貰いました、今も愛読しています。
本に詳しい司書さんの笑顔に迎えられ、分室に足を運んだ日々は私の宝物です。
〔右の写真は、1999年(平成11年)7月に、上戸田分室で撮影したものです。当時の上戸田分室では、多くの人に読書を楽しんて゛もらいたいと願い、独自に本を紹介する情報誌「ラブラブライブラリ-」を発行していました。皆様の読書ライフの助けとなっていたのなら嬉しく思います。〕
Vol.4 無題         ペンネーム 猫男 様
図書館の守り猫?の画像たまに敷地内で見かける図書館の「看板猫」。運がいい時しか出会えないのも、守り神っぽくていいですね。時折、図書館の窓辺で日向ぼっこしてます。これからもパトロールよろしくお願いします!!

〔右の写真は、今年4月13日の朝、図書館正面玄関付近で撮影したものです。この猫ちゃんは何代目「看板猫」でしょうか。建物の周辺には木陰となる木々があるためか、昔から猫ちゃんお気に入りのお昼寝の場所となっていました。〕
Vol.3 無題         ペンネーム アロマ 様
私はお母さんといっしょに、この図書館に何回かきたことがあります。本がたくさんあって私一人で見つけるのはむずかしいけれど、お母さんといっしょに見つけると、すぐ、かんたんに見つかるので、私はこの図書館が大好きです。ゆいいつ、ここが私の好きな図書館なので、つぶれてほしくありません。
これからもお母さんかお姉ちゃんといっしょにきたいです。
〔はい。図書館がなくならないように頑張ります。これからも図書館でたくさん思い出を作ってくださいね。〕
Vol.2 残像         ペンネーム 戸田生まれ図書館育ち 様
生まれて初めて利用した図書館は上戸田分室だった。もう取り壊されて他所へ移設されているが、あの道を通り過ぎるたびに子供の頃の記憶が呼び起こされる。
夏休みに朝早くから本を借りて、好きなだけページをめくることのできるあの空間は色褪せない。
少し薄暗くて、よくクーラーの効いた、決して広くはなかったあの図書館は、今でも私にとっての図書館だ。
図書館といったらまず最初に、青みがかった記憶とともに上戸田分室を思い出す。
〔右の写真は1984年(昭和59年)に上戸田分室で撮影したものです。戸田第一小学校の学区内にある上戸田分室では、平日の午後、授業を終えた子供たちが本を選んだり読んだりする姿を目にすることができました。〕
Vol.1 無題         ペンネーム また図書館でのんびり過ごしたい人 様
夏休みの間、戸田市のことを調べるために図書館の2階へ通ったことがあります。当時は周囲に田んぼが残っているような環境で、冷房の効いた館内の窓からは、夏の陽射しに照らされた緑の稲穂がゆらゆらと揺れているのが見えました。まさに長閑を絵に描いたような光景でしたが、疲れた私の脳と眼には十分な癒しを与えてくれました。
もっとも、これが午後だと話は別です。それは、癒しとは逆に、睡魔という名の魔物と戦うスイッチにしかなりえませんでした。
素敵エピソードとは程遠い学生時代にありがちな思い出ですが、私にとってあの夏の経験は、間違いなくベストオブ“図書館の思い出”です。
〔右の写真は1988年(昭和63年)に撮影した図書館本館の概観です。周囲にはまだ田んぼが残っていました。本当に長閑な景色ですね。〕

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 図書館ゆかりの人より 
スペシャルインタビュー   元おはなしボランティア 山中 勇夫 様
図) 本日はお忙しい中、インタビューにご協力ありがとうございます。
山中さんには「図書館の思い出紹介」でたくさん投書(Vol.1,2,3,4,5)していただき大変感謝しています。
その中のいくつかの話について詳しくお聞きしたいのですが、投書Vol.1では、「おはなし玉手箱」の発足時のことに触れていただいてます。
そもそも山中さんが「おはなし玉手箱」にご参加されたきっかけを教えてください。
山) 戸田市立図書館ができるまで読み聞かせとは無縁でしたが、自分の子どもには添い寝の際に良く絵本の読み聞かせや素話をしていました。子どもが大きくなって話す機会がなくなった頃に図書館ができて、すぐにストーリーテリング講座の参加者募集の告知がありました。よその子に話をするのはどんなものだろうと興味半分、ひやかし半分で応募したことがおはなし玉手箱への参加に繋がっていきました。
図) その時のストーリーテリング講座の思い出をお聞かせください。
山) 教材は「くまのコールテンくん※」の絵本でした。最初に基本を教わり、後半にはおはなしコーナーで子ども達の前でストーリーテリングを実践しました。子ども達は話を聞いてくれないのではないかと思っていたのですが、話を始めるととても熱心に聞いてくれて驚いたのを覚えています。
  ※「くまのコールテンくん」ドン・フリーマン 作、松岡享子 訳
図) そして4月から「おはなし玉手箱」が始まったのですね。当時の様子をお聞かせください。
山) 職員さんもボランティアもとても熱心に取り組んでいました。とても語りの上手な方もいらっしゃいました。当時はおはなし会が珍しかったから子どもがたくさん集まっていました。
夏は夏休みスペシャルでこわいおはなし、冬はクリスマススペシャル、正月明けに絵本かるた大会をやっていました。
図) 投書Vol.2では、その翌年に美笹公民館で「おはなし玉手箱」を開催したとあります。
山) ある方から誘われたのをきっかけに美笹公民館でもおはなし会に参加しました。そこでは歌を取り入れました。小さいピアノを持ち込み、参加する子供たちには手作りの小冊子を作って配りました。イラストが得意な方が歌詞と挿絵を描いてくれて、とても素晴らしい小冊子になりました。※写真参照
    
   
図) 当時の様子がとても良くわかりました。現在もおはなし会に参加されているとお聞きしています。
山) 上戸田分館のおはなし会に参加しています。赤ちゃん向けのおはなし会にはスタートしてすぐの頃から参加しています。30分くらいの間に終わりの歌を含めて3曲くらい歌を入れています。参加してくれる親御さんたちに、小さい時に一緒に歌を歌っていると、大人になってからその歌を歌った時にその時のことを思い出すから、今のうちに一緒にたくさん歌を歌った方がいいよ、と伝えています。
そのほかに、小学校の朝の読み聞かせや放課後子ども教室に参加しています。
図) 今も様々な取り組みをなさっていて素晴らしいです。
本日はありがとうございました。
  山中 勇夫 様

戸田市立図書館のおはなし玉手箱創設メンバーで、現在は、上戸田分館おはなし会、小学校朝の読み聞かせ、放課後子ども教室等で活躍中。
スペシャルインタビュー   おはなしボランティア 駒澤 久子 様
図) 本日はお忙しい中、インタビューにご協力ありがとうございます。駒澤様は「戸田市に図書館を作ろう」という市民活動を推進されていたと伺っています。戸田市に図書館ができるまでの経緯を教えてください。
駒) 昭和41年に市制が施行され、市に相応しい施設を作ろうという機運が高まりました。市役所に対して毎年図書館建設のお願いをしましたが、いつも他にも作らなければいけないものがたくさんあるからといって、図書館の優先順位は高くないと言われていました。
図) 何度も何度もお願いしに行ったのですね。
駒) 市役所の担当者にはこの時期になると決まって現れる、といって笑われていました。
図) 図書館ができるまでの間、何か読書活動をされていたのでしょうか?
駒) 図書館ができるのを待てないので自分たちで子ども文庫を2つ作りました。また、昭和44年を皮切りに各福祉センター内に図書室ができたので、図書室を中心に読み聞かせなどを行っていました。当時の図書室は子どもが気兼ねなく遊びに来れる場所だったので、なかには床の上で本を読んでいる子がいるなど、とても暖かい雰囲気の場所でした。
図) そのような状況の中で図書館建設が決まったのですね?
駒) 昭和50年代の中ごろ、急に図書館を建設することが決まったと伝えられ、それから図書館が完成するまではあっという間でした。
図) 完成した戸田市立図書館は当時としては最先端の設備を備えた立派な図書館でした。
駒) 本当に立派な施設でびっくりしました。他県も含め多くの自治体から見学にきていました。素晴らしい図書館でとても誇らしかったです。
図) 図書館のオープンにあたっては何か協力をされたのですか?
駒) 最初に揃える本のブッカー掛けやラベル貼りを数カ月間協力しました。でも協力ではなくアルバイトとしてお金をもらってました(笑い)
図) そのような皆様のご協力のもとに図書館がオープンしたのですね。皆様のこのような努力があって今の図書館があることを理解しました。本日はありがとうございました。
   駒澤 久子 様
・おはなしボランティア
・音訳ボランティア(朗読の会)メンバー
・戸田市地区文庫協会副代表
・元戸田市立図書館・郷土博物館協議会委員
インタビューで語る駒澤様の写真
Vol.5 夏休みスペシャルのこと  元おはなしボランティア やまなかいさお 様
手元に残った資料だと、平成19年の8月には「夏休みスペシャル」と名付けて、7回のお話会を開いています。場所は視聴覚室、「ザブーン 海のはなし」、「ブルブル おばけのはなし」、「ぎらぎら あついはなし」のように毎回テーマを決めての30分間。職員とボランティアがペアで、絵本の読み聞かせ、素話、パネルシアターなど、話し手が得意のやり方で対応していました。
〔右の写真は、平成26年(2014年)に開催した夏休みスペシャルの様子です。〕
Vol.4 絵本かるた大会       元おはなしボランティア やまなかいさお 様
今も続いているか知りませんが、1月には「絵本かるた大会」をしました。場所は視聴覚室、取り札は廃棄した「ぐりとぐら」や「グルんぱの幼稚園」の様な絵本の表紙でした。平成19年は1/9から1/23まで(5回)予選、1/30決勝で、1月の玉手箱は全てかるた会でした。室内は子供たちと職員・ボランティアだけで、親たちは部屋から出てもらいます。かるた会は白熱し、ゴツンこをして泣く子も出ます。行司役の大人も真剣に見張ったものです。
〔右の写真は、当時の絵本カルタ大会の様子です。このイベントは、コロナ感染症流行以降は開催していません。〕
Vol.3 博物館の古民家で昔話を  元おはなしボランティア やまなかいさお 様
平成18年の秋に博物館職員と行動した。私は博物館内にある古民家で昔話をしたいものだと聞いてみた。いまや戸田っ子の多くはマンション育ちだろう。天井裏のないマンションで山姥の昔話を聞いても実感がなかろうが、隠れている牛方の気持ちも山姥が甘酒をわかす囲炉裏の様子も古民家でならよくわかる、と。その後、昔話を古民家で語る会を図書館行事で催していることを知ったが、未だに私は語らせてもらえない。

〔右の写真は、平成26年(2014年)に開催した古民家でのおはなし会の様子です。〕
Vol.2 船が沈んだのはどこの海?  元おはなしボランティア やまなかいさお 様
本館から1年遅れで、美笹分室でもおはなし玉手箱を開催しました。30分位のお話の時間の前に童謡のやぎさんゆうびん、思い出のアルバムなどを30分ほど、歌う時間を設けました。忘れられないのは素話で語った「海の水はなぜからい」です。お話会を終えると低学年らしい姉妹が「いまの話の海はどこですか、夏休みに海へ行くんです。」私は「何しろ古い昔の話だからね、今となっては分からないのだよ」と答えたのでした。
Vol.1 おはなし玉手箱のこと    元おはなしボランティア やまなかいさお 様
昭和58年11月に開館した市立図書館は、翌年の2月から3月に計6回(各回2時間)ストーリテリングの講座を開いて本の選び方、読み方、語り方などを教え、講座の終盤では来館した子供たちにお話を語ることを体験させて、4月から「おはなし玉手箱」を始めました。発足時は図書館職員3名と受講者9名の12名でしたが、同年の10月には職員6名と受講者など19名、計25名となりました。この「おはなし玉手箱」は今も続いています。
〔右の写真は、当時のおはなし玉手箱の様子です。以前は、旧「絵本コーナー」で開催されていました。〕

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 元図書館員より 
Vol.1 忘れられない日々    元戸田市立図書館・郷土博物館 館長の佐藤勝巳氏
私が、図書館・郷土博物館長(事務取扱)を拝命したのは、2008年(平成20)年4月からで、戸田市の機構改革の一環で、図書館と郷土博物館が統合されて最初の館長としての赴任であった。そして、その任期中にあの惨事が起こった。

その日、2011年(平成23)3月11日(金)は、午後から県南各市の図書館の館長による会議が、浦和の埼玉会館において開催された。 

上戸田分室の震災後の棚の乱れ写真会議はその日の議題を順調にこなして、14時30分過ぎには終了したと記憶している。私は戸田(図書館)に戻ろうと、浦和駅に向かって歩いていたところ、突然目眩に襲われた。と思ったが、周りから大きなどよめきとともに、地面が揺らぎ、街灯がぎしぎし鳴っていた。とっさに「地震!?」と思い、急ぎ駅前のタクシーに文字通り飛び乗った。そのときは一刻も早く戻らねば、との思いでタクシーを使ったのだが、後で知ったのだが、既にそのときには電車は止まっていた。戻る途中にも大きな揺れに襲われ、車が大きく揺らいでいた。窓から止まった車がバウンドしているのがみえていた。車内のラジオからは緊迫した声が聞こえていた。「東北地方太平洋沖地震」である。

休館中の図書館本館の玄関前の貼り紙写真急ぎ戻ると、既に主幹等館員の指示で、館内から利用者は退去しており、幸い建物にも展示物等(郷土博物館)にも大きな損傷はみられなかった。その日は、館員にはなんとか帰宅してもらったが、私は館内に泊まり、警備等に当たることになった。その後の経緯は『戸田市史―昭和から平成へ』に記されている通りであるが、奇しくも、この年の3月をもって私は定年退職することになっていた。“その日”からの3週間ほどは怒濤のように過ぎ去り、定年を迎えることとなった。あの時のことは人生でも決して忘れようのない日々であり、館長時代でもあった。このときは、また10年後に新たな危機「新型コロナウィルス」による厄災が起こるとは、知る由もなかったが…。
〔右の写真は、上が当時の上戸田分室の様子で、下が図書館本館正面玄関前で撮影したものです。〕
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